by 弁護士 小 倉 秀 夫
不正競争防止法って、どんな法律でしょうか。
不正競争防止法は、近時、知的財産権法の一つとして扱われることが多いです。しかに、特許法や著作権法のようには単純ではありません。他の知的財産権法が、保護するべき権利を明文で規定する方式を採用しているのに対し、不正競争防止法は、やってはいけない行為を明文で規定する方式を採用しているからです。また、それらの行為を禁止することによって反射的に保護される利益も、いくつもの種類のものが混在しているからです。
まずは、不正競争防止法の第1条を見てみましょう。
(目的)
第一条 この法律は、事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
ここから読み取れることは、まず、不正競争防止法の目的が、「国民経済の健全な発展に寄与すること」にあるということです。
ついで、上記目的を達成するために、「事業者間の公正な競争」と事業者間の公正な競争「に関する国際約束の的確な実施」を確保しようとするものだということです。
そして、そのための手段として、「不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講」ずるものであるということです。
では、不正競争防止法の究極目的である「国民経済の健全な発展への寄与」ってどういうことをいうのでしょうか。
「国民経済の…発展への寄与」は、まあ、何となくわかります。より多くの、より付加価値の高い商品やサービスが提供されるようにするのに役立てば良いわけです。
問題は、「健全な」発展ってどういうことを指すのかです。
「健全」とは、広辞苑によれば、「ものごとに、欠陥やかたよりがないこと。堅実であぶなげがないこと」を指しますが、国民経済の発展に「欠陥やかたよりがないこと。堅実であぶなげがない」とはどういうことを言うのか、今ひとつぴんと来ません。第1条の目的規定に「国民経済の健全な発展」という言葉を用いている法律って結構多いのですが(金融商品取引法や最低賃金法、製造物責任法等)、国民経済の発展のうちどのようなものを健全な発展とし、どのようなものを不健全な発展としているかは、今ひとつよくわかりません。
次に、「事業者間の公正な競争」を確保するってどういうことを言うのでしょうか。
業者間の競争っていうのは、なんとなくわかりますね。
同じような商品やサービスを顧客に提供している事業者は、より消費者受けする商品やサービスを提供したり、同じ程度消費者受けする商品やサービスをより安く提供したり、広告宣伝を通じて消費者の認知度を高めたりすることで、消費者が自社の商品やサービスを選択するように仕向けるわけです。その結果、自社の商品やサービスを多くの消費者に選択してもらった企業は売り上げを伸ばし、多くの場合、多くの利益を得ることになり、多くの消費者に選択してもらうことに失敗してしまった企業は、当該商品やサービスから利益を得ることができず、市場から去って行くことになります。これこそが資本主義をベースとする混合経済体制を採用している日本において予定されている、業者間の競争です。
このような市場における競争を勝ち抜くにあたっては、事業者は相応の投資をしているのが通常です。商品の品質を高めたり、価格を引き下げたりするには、商品の製造工程から原材料の仕入れ先に至るまで様々な見直しが必要となりますし、また、質の低い商品を市場に流通させない忍耐力が必要となります。また、消費者の関心を引きつけるデザインを考案するためには、そのようなデザインを考案できる人材を自社で雇用しまたは外部のデザイナー等にデザインの考案を依頼して報酬を支払う必要があります。また、商品等の認知度を高めるために効果的に広告宣伝を行うには、相応のコストがかかります。
事業者は、自社の商品やサービス等を消費者に選択してもらうために、このようにして相応の投資をして様々な活動をしているわけです。このため、そのような活動の成果を他の事業者にあっさり流用されてしまうと、せっかくの投資が無になってしまいます。すると、事業者としては、市場競争に勝ち抜くためには、消費者を惹きつけるような商品等を提供するために相応の投資をすることは、事業活動におけるコストを引き上げるだけに終わるので、むしろ好ましくないということになっていきます。しかし、全ての事業者がそのような投資を怠るようになると、国民経済の健全な発展は見込まれなくなります。また、消費者に虚偽の情報を提供することで自社の商品やサービスを消費者に選択させることが横行すると、真面目に投資をして自社商品等の品質を向上させたりする業者が市場競争で敗れてしまう危険が生じます。すると、企業は、内実のある商品活の工場のために相応の投資をすることが馬鹿馬鹿しくなってしまいます。
そのような状態をもって競争が「不正」に行われているとし、そのような不正な競争がない状態を「公正な」競争としているのだと思われます。 が何を「不正競争行為」としているかを見ている限りにおいて、自社の商品やサービス等を消費者に選択してもらうために事業者が行ってきた投資を無にする行為や、そこで、私たちは、自社の商品等を消費者に選択してもらうために各事業者が先ほど述べたような諸活動を行うことによって繰り広げる競争を「公正な競争」と位置づけることにしたのです。
事業者間の競争が公正に行われることは、資本主義をベースとする経済体制を採用している社会においては、その社会の健全な発展にとって有益なことだと考えられています。しかし、経済がグローバル化していくと、外国企業が、その社会の競争の公正性を損なう活動をするという事態が生じてきます。この場合、その外国企業の本国の国家主権の問題があって、競争の公正を害された社会の政府が当該外国企業に対しできることには限界が生じます。このため、国際条約を作って、加盟国における事業者間の競争の公正を害する特定の活動を自国企業等が行った場合には、これを処罰することを互いに約束することとしたわけです(例えば、日本は、国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約に批准しています。)。この約束の実施もまた、不正競争防止法の役割になぜかされてしまったのです。
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