首相官邸のウェブサイトにて、「知的財産戦略推進計画(案)に関する意見募集」が行われていましたので、応募してみました。↓が、提出した意見です。
知的財産推進計画を拝見してもっとも痛切に感じたことは、知的財産権の保護を強化することが知的財産の創造および活用を推進することにつながるという前提に基づいて計画が策定されているということです。しかし、この前提は根拠に乏しいと言わざるを得ません。
例えば、今の優れたクリエーターの多くは、少年・少女時代から、多くの優れた作品に接し、それらの全部又は一部に感動して、それらのジャンルのクリエーターになりたいとの動機を抱きます。そして、彼らは、少年・少女時代から接してきた過去の作品を下敷きに、そこに自己の創造性を加えて、優れた作品を作り上げていきます。したがって、少年・少女から多種多様な作品に触れる機会を奪えば、近い将来、その分野は優秀なクリエーターが生まれなくなっていきます。
知的財産推進計画では、著作物は、他国より高い価格が設定されている定価にて新品の複製物を購入した者がこれを享受できればよいという方向で立案されているようです(音楽CDの輸入権、書籍等の貸与権、ゲームソフトの中古禁止権の創設等。)。そのような計画が実施されると、どういう方向に向かうのかを冷静に考えてみましょう。
これらの計画が実施されたからといって、少年・少女たちの可処分所得が飛躍的に増大するわけはありません。したがって、資力に乏しい若者が多種多様な著作物に接する方途(並行輸入盤の購入やリサイクルシステムの利用)を絶った場合、従来と同じだけの著作物に触れるために従来より多額の資金を投ずるのではなく、従来よりも遥かに少ない著作物に接するに止めるようになるでしょう(これをクリエーターの側から見ると、著作権による保護の範囲・程度を拡張しても、売上の増大や待遇に改善には繋がらないということになります。クリエーターの待遇を改善するためには、著作権による保護の範囲・程度を拡張するのではなく、IT社会の進展の成果を、宣伝広告費を含めた中間搾取の縮小という形で、クリエーターにもたらすような社会・経済システムが構築される必要があります。しかし、残念ながら今回の知的財産推進計画には、その視点が欠けています。)。
また、今日、著作物の複製物は、「正規」のものに限定すれば、著作物を「ビジネスのタネ」と考える企業により製造され、流通におかれます。彼らは、個々の著作物に対しては特定の「思い入れ」を持たないので、純粋にビジネス的な観点から、複製物の製造・流通を中断します。そして、それは、少年・少女たちから、多種多様な著作物に触れる機会を奪います(例えば、輸入権を創設した場合、著作権者等から日本国内への輸入を禁止された音楽CD等に関しては、日本の少年・少女はこれに接することができません。著作権の保護期間を拡大した場合、著作権者が複製物の製造を中止したり、その時々に入手可能な再生機用に移植することを禁止したら、その映画・ゲームに接する機会は奪われます。)。
すると、結局、少年・少女時代から接する作品数の大幅な減少という事態がもたらされることが当然に予想されます。そして、そのことは、将来的に、クリエーターの数を減少させるとともに、質を低下させることにつながります。
また、知的財産推進計画は、著作権を始めとする知的財産権の過剰な保護が、IT社会の発展を阻害することの弊害に関してあまりにも無自覚です。例えば、汎用的なハイブリッド型P2Pサービスは、音楽著作権・著作隣接権を侵害するファイルの送受信に利用されることを防止できなかったというだけのことのために、中断を余儀なくされました(ファイルローグ事件仮処分決定および中間判決参照)。そのため、動画ファイル等の巨大なファイルを市井のクリエーターが公衆に配布するために現在の技術水準の下で最も適した手法が使えなくなってしまいました。そしてそのことは、デジタルビデオや動画編集ソフトの低価格化により学生を含むアマチュアでも優れた動画作品を創作することが可能となったというのに、それを公衆に配布するのに必要な巨大なサーバを利用できない限り、折角優れた作品を創作してもこれを発表する機会がないという事態を生み出します。これでは、「知的財産の創造を推進する」という目的からは遠く離れてしまいます。むしろ、市井のクリエーターが創作した作品を公表するために利用することが可能なシステムの運営者は、それが著作権・著作隣接権の侵害に利用されることがあったとしても、法的な責任を負わないということを明記し、作品と市民との間を取り持つ人々を保護することこそが、知的財産の創造および活用を推進することに繋がります。そして、著作権等の保護は、権利者と情報媒介者とが協力をして個々の侵害行為者を特定して侵害行為を止めさせることにより、行うべきです。
最後に、知的財産関連人材の養成に関してですが、日本企業がアメリカにおいてアメリカの知的財産権専門弁護士に支払っているのと同程度の報酬を、日本の知的財産権専門弁護士に支払うようになることこそが、国際競争力のある人材を引きつけるようになる最大の方策だと思います。そして、そこで忘れてはならないのは、知的財産権紛争では、当事者間に経済力の格差が大きい場合が少なくないわけですが、その場合に、経済力の乏しい当事者の主張がそれなりに正当なものであり、その主張を否定する裁判例が形成されることにより、市民の権利範囲が制約される虞があるときには弁護士報酬を補助するシステムが不可欠だということです(アメリカの電子フロンティア財団のようなものを想定しています。)。特に、訴訟の迅速化、集中化をさらに推し進める場合には、それが公的な意味を有するからといって、弁護士が、経済力の乏しい当事者のために、採算を度外視した訴訟活動を行うことができなくなります。それを仕方がないとして放置した場合には、権利者と利用者の利害のバランスをとった立法を立法府が行ったとしても、実際の適用場面において、経済力のある権利者側の利益に偏った運用が定着していくという弊害を生ずる虞があります。