発信者情報開示──新しい裁判手続

 弁護士 小 倉  秀 夫

 現在、プロバイダ責任制限法の改正案が国会に提出されています。

 ① 開示される発信者情報の種類を拡張すること、及び、② 発信者情報のための新しい裁判手続を導入すること、の2点がその主たる目的です。ここでは、新しい裁判手続についてみていくことにします。

発信者情報開示命令の申立て

 新しい裁判手続を利用するためには、開示請求者側で、発信者情報開示命令申立書を作成して、地方裁判所に提出することとなります。

 この裁判手続では、「申立人」と「相手方」が紛争当事者ということになります。

 申立人とは、発信者情報開示命令の申立てをした人です。基本的には、特定電気通信によってその権利を侵害された人が申立人になれます。

申立ての相手方

 申立人がこの手続の相手方に指名することができるのは、開示関係役務提供者に限られます。ただし、令和3年改正案では、この、開示関係役務提供者の範囲が拡張されます。現行法では、権利侵害情報自体を媒介する電気通信設備(ウェブサーバや、ルータ等)の提供者(コンテンツプロバイダや侵害情報に関する接続プロバイダ等)だけに限られていると解されています。しかし、令和3年改正案では、「侵害関連通信」を媒介するために用いられたルータの提供者(接続プロバイダ)も、開示関係役務提供者に含まれることとなります。ここで、侵害関連通信とは、侵害情報の送信に利用されたSNS等の通信サービスを利用できるようにする(ログインする)ために行うIDやパスワード等のデータの送信をいいます。

発信者情報開示命令

 申立人が発信者情報開示命令申立書を裁判所に提出すると、裁判所は、その申立てが不適法なものか、明らかに理由のないものかどうかをチェックをした上で、問題がなければ、その写しを相手方に送付します。写しは送付すればよく、「送達」する必要はないので、相手方が日本国内に拠点を有しない場合でも、国際郵便等を用いることができます。

 そして、上記のいずれでもない場合には、裁判所は、当事者つまり申立人及び相手方の陳述を聴いた後に、発信者情報の開示を命じまたは命じない旨の決定を下すこととなります。

 この新しい裁判手続は、従前の発信者情報開示仮処分にも似ていますが、大きな違いが二つあります。1つは、発信者の氏名や住所など、発信者を直接特定できる情報も、開示命令の対象となることです。もう一つは、発信者情報の開示を受けるのに、保証金の供託をする必要がないと言うことです。

情報提供命令

 この新しい裁判手続の申立人は、当該侵害情報に関する他の開示関係役務提供者の氏名・名称及び住所を提供する命令を相手方に対して行うように、担当裁判所に申立をすることができます。ここでいう「他の開示関係役務提供者」としては、ウェブサーバへの侵害情報の投稿を媒介した接続プロバイダや、侵害情報が投稿されたSNS等の通信サービスへのログインのためのIDやパスワードの送信を媒介した接続プロバイダが想定されています。コンテンツプロバイダの側でデータとして保持しているのは、投稿時またはログイン時に用いられたIPアドレス等のみですが、上記情報の提供を命じられたコンテンツプロバイダは、自分でwhoisデータベースなどを用いて、当該IPアドレスを保有している接続プロバイダの氏名・名称及び住所を探査し、氏名・名称及び住所の方のみを申立人に提供する義務を負うのです。

 このような情報提供命令を受けて相手方から上記接続プロバイダの氏名・名称及び住所に関する情報の提供を受けた申立人は、この情報を元に、上記接続プロバイダを相手方とする発信者情報開示命令の申立てを裁判所に対して行うことができます。

 そして、申立人は、上記の通りコンテンツプロバイダから提供を受けた情報を用いて接続プロバイダを相手方とする発信者情報開示命令の申立てを新たに行い、その旨を所定の方法で元のコンテンツプロバイダに通知すると、当該コンテンツプロバイダは、当該接続プロバイダに対し、自分が保有している発信者情報を当該接続プロバイダに提供する義務を負うこととなります。その結果、例えば、上記コンテンツプロバイダから侵害情報の投稿日時及び投稿時のIPアドレスという発信者情報の提供を受けた接続プロバイダは、自己が保有する接続サーバのログと照らし合わせることで、どの契約者に関する情報が発信者情報開示命令申立ての対象となっているのかを知ることができます。

消去禁止命令

 そして、発信者情報開示命令の申立人は、当該事件が終了するまでの間その保有する発信者情報を消去しないように相手方に命ずるように担当裁判所に申し立てることができます。消去禁止命令を受けた相手方は、発信者情報開示命令を受けたときに申立人に対し開示できるような形で、自己の保有する発信者情報を保全しておく義務を負うこととなります。

 令和3年改正法案は、裁判所による発信者情報の開示命令や情報提供命令、情報消去禁止命令をプロバイダが遵守しなかった場合の制裁について定めていません。ただし、あえてそのような命令を遵守しなかった結果申立人が当該侵害情報の発信者を特定することができなくなった場合、これにより賠償請求することが事実上できなくなった損害額分の賠償義務を当該プロバイダが負うことになると思います。

裁判管轄

 発信者情報開示命令の申立ては、相手方が法人等の団体である場合は、原則、相手方の主たる事務所・営業所の所在地を管轄する裁判所に対して行います。ただし相手方の特定の事務所・営業所に関する業務に関して申立てを行う場合、当該事務所・営業所の所在地を管轄する裁判所に対して行います。日本において継続的に事業をする外国会社を相手方とする申立てを日本の裁判所に対して行うことができます(その場合、当該事業に関する事務所・営業所すら日本国内においてない場合には、おそらく東京地方裁判所に対して申立てを行うべきとされることになると思います。)。なお、札幌、仙台、東京、名古屋の各高等裁判所の管轄区域内に所在する地方裁判所に発信者情報開示命令の申立てをすることができる場合は、東京地方裁判所に申し立てることもできます。大阪、広島、高松、福岡の各高等裁判所の管轄区域内に所在する地方裁判所に発信者情報開示命令の申立てをすることができる場合は、東京地方裁判所に申し立てることもできます。

予想される運用

 おそらく、コンテンツプロバイダを相手方とする最初の発信者情報開示命令申立をするときに、情報提供命令の申立てと消去禁止の申立てを同時に行う。そして、コンテンツプロバイダから接続プロバイダの名称・住所の開示を受けたら、速やかに接続プロバイダを相手方とする発信者情報開示命令の申立てを行い、その際、情報提供命令の申立てと消去禁止の申立てを同時に行う。そして、上記申立てが受け付けられるやいなや、元のコンテンツプロバイダにその旨の通知を行う。そういう運用になるのだろうと思います。

 なお、Twitter上で誹謗中傷した場合にどういう手続になるのか、紙芝居を作ってみました。


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