住所等がわからない相手方を被告とする民事訴訟の提起
明治大学法学部兼任講師・弁護士 小 倉 秀 夫
問題の所在
民事訴訟法第133条第2項第1号は、「当事者及び法定代理人」を訴状に記載することを求めている。また、民事訴訟規則第2条第1項第1号は、訴状には、「当事者の氏名又は名称及び住所並びに代理人の氏名及び住所」を記載するものとしている。
今日、物理空間で接触する機会がない人たちとインターネットを介して接触する機会が増えてきている。このような相手については、住所等の物理的な活動拠点がどこであるかを知らないことが通例である。そのような相手との情報の送受信自体は、その物理的な活動拠点を知らずとも行えるので、そのような相手との間で紛争が生じたとしても、交渉ベースでその解決が図られるのであれば、特段の問題を生じない。しかし、交渉ベースで紛争が解決する見込みが立たなくなり、裁判制度を利用して紛争の解決を図ろうとした場合には、相手の住所等を知らないために、民事訴訟規則第2条第1項第1号を文言通りに満たす訴状を作成することが困難となってしまう。
しかし、相手の住所等を知り得ないというだけでその相手に対する実体法上の権利を訴訟法的に行使することができないというのは、国民の裁判を受ける権利(憲法第32条)を蔑ろにするものであって適切ではない。
そこで、そのような相手方を被告とする場合に現行法上どうすればよいのかをまず検討した上で、最後に立法論的な提言をすることとする。
送達先としての住所等と当事者の特定手段としての住所等
- 「住所」とは、「各人の生活の本拠」をいう(民法第22条)。住所が知れないときはその「居所」を住所とみなす(民法第23条第1項)。「居所」とは、「住所と同様にその人の生活の中心となる場所であるが、住所ほど確定的な関係を生ずるに至らない場所」注1をいう。
- 当事者を特定する方法として民事訴訟規則第2号第1項第1号が訴状への記載を求める場所は「住所」に文言上限定されている。これに対して、送達を受ける場所については、「住所、居所、営業所又は事務所」(住所等。民事訴訟法第103条第1項)を原則とするものの、それらの場所が知れないとき、又はその場所において送達をするのに支障があるときは、「送達を受けるべき者が雇用、委任その他の法律上の行為に基づき就業する他人の住所等」(就業場所。同条第2項)をもってすることができる。また、当事者、法定代理人又は訴訟代理人が送達を受けるべき場所を届け出た場合は、そこが送達場所となる(民事訴訟法第104条第2項)。それでもなお送達すべき場所が分からない場合は、公示送達の方法により送達することができる(民事訴訟法第110条第1項第1号)。
- 人の普通裁判籍を決める基準地は、住所が原則であり、日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときは居所、日本国内に居所がないとき又は居所が知れないときは最後の住所である(民事訴訟法第4条第2項)。
- 民事訴訟法第103条第2項、同第4条第2項を民事訴訟規則第2条第1第2号の「住所」について準用する旨の規定がないにも関わらず、実務的には、訴状において当事者の特定するのに、住所等に代えて、就業場所等をもってすることが広く行われている。また、被告の住所等及び就業場所等を原告が知らない場合には、被告の最後の住所地ないし最後の就業場所を被告の「住所」として訴状に記載すれば足りるという運用がなされている注2。
- 平成17年11月8日付の最高裁から各裁判所事務局宛の事務連絡において、原告から、実際の居住地を知られることにより原告の生命又は身体に危害が加えられるおそれがあるなど、訴状に住所を記載しないことについてやむを得ない事情がある旨の申し出があり、原告への連絡が付く場所等相当と認められる場所(代理人の事務所の所在地や原告の親族の住所等(住所に代わる連絡先)が訴状に記載されているときは、実際の住所の記載を求めないという取扱いをすべきものとされた注3。なお、この場合、請求原因事実によって当事者が客観的に特定される場合は、請求原因事実の記載をもって当事者の特定がなされているものと認めてよいとする見解注4がある。
- 被告の住所等が不明である場合、① 就業場所等、② 最後の住所等、③ 最後の就業場所をもって当事者を特定するように実務上指示される。
- 上記①〜③のいずれも不明である場合、当事者の特定が不十分であるとして、訴えが却下されるのが実務的な運用である。
- 被告と原告または公衆が社会的に接触する物理的な拠点が判っている場合注5、被告がそこに物理的に滞在して業務に従事していたかどうか判然としなくても、その拠点を「就業場所」として示せば当事者の特定として十分とすることができるか。
- 被告がウェブサイトを開設して事業活動を行っている場合に、当該ウェブサイトにて用いられているドメイン名の保有者の連絡先としてWhois データベースに登録されている場所注6を「就業場所」として当事者の特定に用いることはできるか。
- 被告自身の連絡先として原告または公衆に対して示していた電子メールアドレスやSNSアカウント注7を氏名とともに用いた場合、当事者の特定として十分か。
住所等の探知方法
発信者情報開示請求
- 不特定人に受信されることを目的とした情報の流通によって原告の権利が侵害された場合にしか使えない。
弁護士会照会
- 被告がその活動をしていく中で氏名・住所等を明示して契約書等を取り交わしたであろう相手注8が特定できる場合には、考慮に値する
- 被告が自然人である場合、プライバシー権を理由に回答を拒絶されるおそれ
- それ以前に、弁護士会照会は強制力が弱く、無視されるおそれが高い。
裁判所の調査嘱託
- 被告がその活動をしていく中で氏名・住所等を明示して契約書等を取り交わしたであろう相手が特定できる場合
- 被告の住所等を特定しないまま訴状を提出した上で、訴状審査の段階で調査嘱託を行うように申し立てることの是非については争いがある注9。
相被告に対する求釈明
- 住所等不明者たる被告については住所不詳とした上で、場の提供者等を相被告とする訴状を提出し、相被告に対し、住所等不明者たる被告については住所を開示するよう求釈明を申し立てる
- 住所等が不明な被告については弁論が分離されてしまう。
当事者照会
- 場の提供者等に対し訴えの提起を予告しつつ、被疑共同不法行為者たる住所等不明者の特定に関する事項について書面で回答するよう照会する(民事訴訟法132条の2第1項柱書本文)。
- 住所等不明者の住所等に関する事項は、「第三者の私生活についての秘密に関する事項についての照会であって、これに回答することにより、その…第三者が社会生活を営むのに支障を生ずるおそれがあるもの」(同項第1号)に該当するか。
- 当事者照会に回答しなかった場合の制裁の不存在。
立法論
民事訴訟規則第2条第1項第2号の改正
- 原告が被告の「住所」を知らない場合についての規定を置く必要
- 電子メールアドレス等による当事者の特定を明文で認める必要
民事訴訟が提起された場合の住所等の開示制度
- 被告の住所を不詳とした訴状とともに、被告の住所等を知っていると思料される者を特定する申立てが原告からなされた場合に、裁判所が被申立人に対し強制力をもって被告の住所等の開示を求める制度注10
1 我妻榮=有泉享=清水誠=田山輝明「我妻・有泉コンメンタール民法 総則・物権・債権」101頁
2 東京高判平成21年12月25日判タ1329号263頁
3 近藤壽邦=小野寺健太=廣瀬洋子「当事者の特定と表示について」判タ1248号54頁
4 近藤他・前掲56頁
5 例えば、Aが展覧会Bを主催していた場合に、展覧会Bの会場Cを「就業場所」とすることができるか。
6 whoisプロテクトサービスが用いられている場合のドメイン名取得代行者、レンタルサーバが用いられている場合のサーバレンタル事業者はいずれも、実質的なウェブサイト開設者の物理的な連絡先を知っていることが期待できる。
7 訴状等の送達先となりえない点については、最後の住所地及び最後の就業場所と同様である。最後の住所地等が判ったところで、被告本人に物理的に会えるわけではないので、現実空間での被告を物理的に同定できない点には差異がない。他方、電子メールアドレス等が判っている場合、訴訟を提起したことの通知等を行うことができる(過去の住所地等が判っていても、被告に対して連絡が取れるわけではない。)。
8 例えば、被告の預金口座が判っている場合の当該口座が開設された銀行や、被告がイベント等を主催した会場が判っている場合の会場スペースの提供者等
9 肯定説として、近藤他・前掲59頁、否定説として瀬木比呂志「民事訴訟実務と制度の焦点」276頁。なお、名古屋高金沢支判平成16年12月28日(平成16年(ラ)第99号)は、「本件のように,被告の特定について困難な事情があり,原告である抗告人において,被告の特定につき可及的努力を行っていると認められる例外的な場合には,訴状の被告の住所及び氏名の表示が上記のとおりであるからといって,上記の調査嘱託等をすることなく,直ちに訴状を却下することは許されないというべきである。 」と判示した。ただし、弁護士会照会を先行的に行う必要があるかは不明。
10 そのような制度があったとしても、DVの被害者等については最後の住所地が明らかである以上、この制度が不当に利用されることを防ぐことができよう。