パッケージソフトの超過本数インストールに関する賠償義務の有無と算定方法

──マイクロソフト他対東京リーガルマインド地裁判決についてのある昼下がりの雑談

弁護士Ａ：とうとうＬＥＣ事件の地裁判決が出ましたね。

弁護士Ｂ：へえ、そうですか。最高裁のＨＰに掲載されていますか。

弁護士Ａ：ええ。

弁護士Ｂ：どれどれ。ほう。これはＡＣＣＳ＝ＢＳＡ側の実質敗訴ですね。

修習生Ｃ：えっ！ＬＥＣが負けたのではないですか。確かに差止め請求は棄却されましたが、巨額の損害賠償請求は認められていますし。

弁護士Ａ：訴訟費用の負担の部分をみて判断すると、４対１の割合でＬＥＣが敗訴しているように見えますね。

弁護士Ｂ：もちろん、ＬＥＣが勝訴したとはいえないのですが、でもＡＣＣＳ＝ＢＳＡ側は実質的に敗訴したことには間違いないですね。

修習生Ｃ：う～ん。私はまだ勉強中の身なので、Ｂ先生の仰っている意味がよくわかりません。そもそもＡＣＣＳ、ＢＳＡって何なのですか。この裁判の原告は、マイクロソフト社等のソフトハウスとなっていますが。

弁護士Ａ：社団法人コンピュータ・ソフトウェア著作権協会（ＡＣＣＳ）とは、「コンピュータソフトウェアすなわちマルチメディアタイトル、データベース、電子出版物などのデジタル著作物の著作権者の権利を保護すると共に、著作権思想の普及活動を行い、コンピュータ社会における文化の発展に寄与することを目的」¹とする公益社団法人です。また、Business Software Alliance(BSA) とは、「コンピュータソフトウェア業界の発展に寄与するために、著作権などの知的財産権の保護強化を図ることを目的」²として設立された米国の非営利団体です。ＡＣＣＳとＢＳＡは、協力して、ソフトウェア違法コピー撲滅キャンペーン等をやっていますね。

修習生Ｃ：なんか聞いたことがあります。確か、ＡＣＣＳは中古ゲーム撲滅キャンペーンとかもやっていましたよね。

弁護士Ａ：そうそう。そちらの方は、この間、東京高裁と大阪高裁で敗訴しましたね。

弁護士Ｂ：ＡＣＣＳやＢＳＡは、ソフト会社の代理人と称して、購入したパッケージ数よりも多くの台数のパソコンにソフトウェアをインストールした企業その他の団体に対し、訴訟外で損害賠償を請求したり、ＡＣＣＳ等への加盟や、今後のＢＳＡ等からの査察受入を要求してきたりしてきたのです。

修習生Ｃ：ＡＣＣＳ等への加盟とか、査察の受け入れとかは、確かにやりすぎという感じはしますね。将来にわたって会費を支払えということでしょうし。でも、違法コピーをした企業に対して、損害賠償を請求するのは当然なのではないですか。ひょっとして、弁護士法違反ではないかということを問題としているのですか。

弁護士Ａ：確かに、弁護士法７２条には、「弁護士でない者は、報酬を得る目的で・・・一般の法律事務に関して・・代理・・・その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。」とありますから、ＡＣＣＳ等の団体が、交渉先企業との交渉にあたって手数料その他の報酬を得ていたら、弁護士法違反となりそうですね。ただ、手数料その他の報酬を得ているか否かはわからないですけど。

弁護士Ｂ：それはそれで問題なんだけれども、本判決には関係ないですね。ＡＣＣＳやＢＳＡに当事者適格がないことは明らかですから、さすがにマイクロソフト社その他のソフトハウスが原告となっていますし。

修習生Ｃ：では、どこが問題なのですか。

弁護士Ｂ：ＡＣＣＳやＢＳＡは、（ソフトウェアがインストールされているパソコンの台数－購入したパッケージ数）×ソフトウェアの小売価格×１．５～３倍程度の金額を損害金として要求してくるのです。それも、こちらの要求をのまないと企業名を公表するぞとの脅し付で要求されるので、泣く泣く要求をのまされている企業があとを絶たないのです。今回の判決は、ＡＣＣＳ等の主張には根拠がないことを明らかにしています。今後、小売価格を越える請求を行った場合は、被害者側の弱みに乗じて、正当な権利行使の範囲を超える要求をしたものと見ることができるでしょうね。だから、ＡＣＣＳ等の実質敗訴なのです。

弁護士Ａ：そうですか。「権利行使と恐喝」という論点が出てくるのですね。確かに、ＬＥＣは、訴訟外での交渉時にはメーカー希望小売価格の約３倍を請求されたとホームページ³上で訴えていますね。

修習生Ｃ：でも、どういう論理でそんな請求ができるのですか。日本では、懲罰的損害賠償制度はまだ認められていなかったはずですが。

弁護士Ａ：Ｃくん、君も法律家の卵なんだから、人に聞く前に自分で調べてみなさい。

修習生Ｃ：はい。

（修習生Ｃ、判決文をぱらぱらと読む。）

修習生Ｃ：原告側は、損害論に関して、３つのアプローチを取ったのですね。

弁護士Ａ：もっと具体的に言ってご覧なさい。

修習生Ｃ：まず、原告は、著作権侵害者が侵害行為により受けている利益の額をもって著作権者が受けた損害の額とする著作権法１１４条１項を適用させようとしていますね。具体的には、「被告は、本件プログラムを違法に複製したことにより、正規に購入すれば支出すべきであった本件プログラムの正規品小売価格分の利益を得た」として正規品小売価格の総計をもって、侵害行為者が得た利益としています。さらに、「被告の業務には、専ら本件プログラムの使用が寄与したものということができ、被告の売上高が従業員８００人にもかかわらず１５３億円（平成１１年３月期）であることに照らすと、被告が本件プログラムの侵害行為から得た利益額は、５０００万円を下らない。」として、被告の売上高の一部も侵害行為によって侵害者が受けている利益に含まれるとしています。ただし、なぜ「５０００万円を下らない」といえるのかはわからないのですが。

弁護士Ａ：細かいところはひとまず措いて、続けてください。

修習生Ｃ：はい。次に、著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害額としてその賠償を請求することができるとする著作権法１１４条２項の規定を利用しています。ただし、原告は、「コンピュータソフトウェア業界において、権利者が事後的に違法複製者に対し過去の行為に対して許諾料相当の損害賠償額を求める場合は、正規品の販売価格とは、区別して取り扱うのが通常である」として、「著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額」は、「正規品小売価格の２倍相当額を下ることはないと解すべきである」と主張しています。

弁護士Ａ：その根拠は？

修習生Ｃ：はい。原告の主張によると、「①企業内で大量かつ組織的・継続的に侵害行為が行われることを防止するためには、正規品を購入した場合と、権利者が事後的に違法複製者に対し過去の行為に対する許諾料相当額の損害賠償を求める場合とは、少なくとも２倍以上の格差が必要である。②許諾料相当額の算定には、業界の相場が用いられるべきである。ビジネス・ソフトウェア業界では、原告らは、ソフトウェア著作権を保護する啓蒙活動等を行うため、他のソフトウェア会社と共に、世界各地において違法複製の防止を求める積極的な活動を行い、莫大な経費を支出している。原告らは、他のソフトウェア会社と共に、ビジネス・ソフトウェア・アライアンス（以下「ＢＳＡ」という。）という組織を設立し、世界各地において違法複製の防止を求める前記啓蒙活動を行っている。これは、ひとたび違法複製が蔓延すれば、ソフトウェア産業自体の存続が脅かされることになるからである。ソフトウェア業界においては、正規の場合と違法な場合との間に少なくとも２倍以上の格差をつけるということは、当然のこととして理解されている。③被告は、正に法律を遵守すべき者を教育する業界に身を置いている。また、被告の業務は、教材、書籍、模擬試験問題の編集・作成、受験指導のための情報の分析、生徒の成績管理等、本件プログラムを使用しない限り実行できないものばかりである。被告は、少数の従業員で、多額の売上を上げているが、被告の業務には本件プログラムの使用が寄与している。」とのことです。

弁護士Ｂ：第三のアプローチは、侵害本数の推計方法に関するものだから、後回しにしてもよいでしょう。

弁護士Ａ：そうですね。ところで、Ｃくん、裁判所は、まず侵害者が侵害行為によって受けた利益に関しては、どう判示していますか。

修習生Ｃ：はい。裁判所は、「侵害行為によって得た被告の利益額は、・・・無許諾複製したプログラムの数に正規品１個当たりの小売価格・・・を乗じた額であると解するのが相当であ」り、「原告らの受けた損害額は、被告の得た前記利益額と同額であると推定されるべきである。また、原告らの受けた損害額を許諾料相当額により算定すべきであるとした場合も、許諾料相当額はこれと同額であると解するのが相当である。」としています。

弁護士Ａ：では、違法にコピーしたソフトを使って１５３億円も売り上げたのだから、被告が本件プログラムの侵害行為から得た利益額は、５０００万円を下らないという主張は採用されなかったのですね。

修習生Ｃ：はい。裁判所は、「本件プログラムの無許諾複製によって被告の得た利益額は、正規品小売価格相当額により評価し尽くされ、これを超えると解するのは相当でなく、本件において、被告が違法複製品を使用した回数や期間を考慮するのは相当でないというべきである」と判示しています。

弁護士Ｂ：でも、この裁判所の論理っておかしくないですか？

弁護士Ａ：といいますと？

弁護士Ｂ：著作権法１１４条１項というのは、所詮は推定規定ですよね。

弁護士Ａ：法律上の事実推定と解されていますね。

弁護士Ｂ：何を推定しているのかというと、侵害者の著作権侵害行為と相当因果関係のある著作権者の損害の損害額を推定しているわけですよね。

弁護士Ａ：そうですね。

弁護士Ｂ：侵害行為と同種の行為を権利者が行っている場合は、侵害者による侵害行為がなければ、権利者が侵害行為と同種の行為を同程度行っていたはずだ、だとすれば侵害者が侵害行為によって得た利益と同程度の利益を権利者が得られていたはずだということが一定の確度でいえるわけで、そうであればこそ、侵害者が侵害行為によって受けた利益をもって、侵害行為によって権利者が受けた損害と推定することができるわけですよね。

弁護士Ａ：そうですね。

弁護士Ｂ：だとすれば、侵害行為と同種の行為を権利者が行っていない場合、そもそも著作権法１１４条１項のような推定規定を援用する余地はないでしょう。

弁護士Ａ：日照権事件地裁判決⁴や四進レクチャー事件地裁判決⁵もそう判示していますね。

弁護士Ｂ：その基準でいくと、アドビにしてもマイクロソフトにしても、司法試験予備校経営しているわけではないから、まず、売り上げの一部を侵害行為者が「侵害行為によって受けた利益」として侵害行為によって著作権者が受けた損害額と推定するのはそもそもおかしいですよね。

弁護士Ａ：そうですね。でも、ソフトをインストールしたこと自体はどうですか。

弁護士Ｂ：被告のＬＥＣが、他社のパソコンにソフトウェアをインストールして手数料その他の代金をもらっているというのならば、それは侵害行為によって利益を受けたといってもおかしくはないと思います。それならば、ソフトハウスが、ユーザーのところにいってソフトウェアのインストールを行う業務を行っているなどの事情がある場合には、著作権法１１４条１項の推定規定を用いる余地があるでしょう。でも、このケースでは、被告は、ソフトウェアのインストール行為自体によっては何らの報酬その他の対価を得ていないわけです。

弁護士Ａ：でも、違法コピーによって、本来なら支払うべきソフトウェア代金の支払いを免れたのだから、利益を受けているのではないですか。

弁護士Ｂ：でも、その考え方はおかしいと思うのです。著作権法１１４条１項は、侵害者を懲罰するために損害額を拡張する規定ではなく、あくまで、それなりの確度のある基準によって損害額を推定して立証責任を転換するための規定でしかないわけです。

弁護士Ａ：ふむふむ。

弁護士Ｂ：すると、複数台インストールによって、被告は確かにソフトウェアの小売代金の支払いを免れているとはいえるわけですが、でも、仮に被告がインストール台数分だけパッケージを購入したからといって、小売代金×購入本数分の利益をソフトハウスが受けられたわけではないでしょう。

弁護士Ａ：まあ、流通マージンなどがあるからね。

弁護士Ｂ：すると、「小売代金相当金の支払いを免れた」という侵害者が侵害行為によって得た利益と、「卸価格相当の売り上げの喪失」という権利者が侵害行為によって受けた損害というのが、まずイコールの関係になる可能性がないわけです。すると、そもそも、「小売代金相当金」を権利者が被った損害と推定する基礎はないと思うのですよ。

弁護士Ａ：まあ、小売代金相当金こそまさに被告が侵害行為によって得た利益であるといって一旦著作権法１１４条１項を適用しつつ、正規にパッケージを購入していたとしても小売代金相当の利益を原告は得ることはなかったということを立証して推定を覆すという構成をとることも可能だけども、言葉の問題という気はするね。

修習生Ｃ：でも、ＬＥＣ事件で東京地裁は、著作権法１１４条１項を介して、小売代金相当金をして、原告が受けた損害額と認定していますが。

弁護士Ａ：判決文の事実整理を見る限り、被告側はさっき言った「推定」を覆すような主張を何らしていないのだから、裁判所としてもそう認定せざるを得ないでしょうね。

修習生Ｃ：でも、この事件の被告代理人を務めた高石先生は、ＩＢＭの取締役をやられていたくらいですから、そういうソフトウェアの流通実態はお詳しいのではないでしょうか。

弁護士Ｂ：まあ、地裁段階では、損害論ではなく、違法性論に焦点を当てるつもりだったのかもしれないし、その辺の弁護方針は私にはよくわかりません。まあ、君は修習生だから気軽なことが言えるけど、われわれはそういうわけにいかないしね。

弁護士Ａ：ところで、Ｂ先生としては、結局「損害額」はどう認定すべきだったとお考えなのですか。

弁護士Ｂ：まず、「推定」の基礎がないわけだから、著作権法１１４条１項の推定規定を適用するのはおかしいので、著作権法１１４条２項のみなし規定を適用すべきというのが、前提となるべきでしょうね。

弁護士Ａ：すると、「その著作権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」とは何かということが問題となりますね。

弁護士Ｂ：従来は、「その著作権又は著作隣接権の行使につき『通常』受けるべき金銭の額に相当する額」となっており、社会慣行として存在する通常の使用料（ライセンス料）を損害として認定してきました。

弁護士Ａ：最近、「通常」という文言が削除されたのですね。

修習生Ｃ：「著作権審議会第１小委員会専門部会（執行・罰則等関係）報告書」⁶によると、「通常」という文言を削除することにより、「著作権法においても当該事件の具体的事情を考慮した『相当』な使用料の認定ができる」とし、さらに、ここでいう「『相当』な使用料とは、当事者間の業務上の関係や侵害者の得た利益等、侵害者と権利者との間の様々な事情を考慮して決定する、実情にあった使用料という意義を有することとなる」とされていますね。

弁護士Ｂ：しかし、「通常」という文言を削除したからといって、「その著作権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」という文言から、「当事者間の業務上の関係や侵害者の得た利益」等を、損害額の算定基礎にすることができるのかというと疑問ですね。著作権審議会の中で、「この考え方を導入しても、『相当の使用料』を認定するための基準がなければ、結局『通常使用料相当額』と同様の結果となってしまうのではないか。」⁷という疑問が呈されていますが、それはあたっていると思います。

弁護士Ａ：ふむふむ。

弁護士Ｂ：今回の改正は、特許法の分野で、「業界相場や国有特許の実施料のように当該特許発明の具体的価値から離れた事実に依拠する判決が多く、当事者間の事情等が考慮されないこととなっていた」⁸ことから、個別事情を考慮できるようにするために同様の改正がなされてたのを受けてなされたわけです。ですから、その「社会的相場」なるものが、当該著作物の具体的な価値から離れて、低く押さえられているような事情がある場合に、当事者間においてはそのような事情がないことが立証されたのであれば、そのような事情を斟酌しないことは有りだと思うのですよ。でも、１１４条２項は、もともと損害額を拡張する規定ではなく、「最低限の損害賠償のよりどころ」⁹にすぎないと位置づけられているわけですから、せいぜいその程度のものと考えるべきでしょう。

弁護士Ａ：他方、文化庁著作権課の籾井さんは、「この改正により、例えば、近々世の中に公表しようと考えていた未公表の絵画を違法に複製し、多数販売した場合、改正後は、一般的な絵画の使用料の相場の基準にとらわれることなく、その絵画が未公表であることにより一般的な相場よりも高額の使用料よりも高額の使用料が認められる場合には、そのような事情を考慮して、損害額が認定されることとなり、権利者の保護に資することとなる」¹⁰としていますね。

弁護士Ｂ：まあ、そのあたりが限界ではないでしょうか。

弁護士Ａ：すると、このＬＥＣ事件のような場合、どうなるのですか。

弁護士Ｂ：パッケージソフトについて、著作権者の権利行使とは何かというと、自らＣＤ－ＲＯＭ等にソフトを自ら複製し、又は、ライセンシーが複製することを許諾することですよね。

弁護士Ａ：そのＣＤ－ＲＯＭなどを消費者に向けて譲渡（出荷）することも含みますね。

弁護士Ｂ：そうですね。ユーザーが自分のパソコンにソフトウェアをインストールするまでの間に著作権者が金銭を受ける機会というのは、自社が発売元になる場合には、出荷時しかないわけですよね。そこで、出荷価額を収受するのが最初で最後。

弁護士Ａ：そうですね。

弁護士Ｂ：だとすると、この出荷価額こそが、「その著作権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」だと思うのですよ。

弁護士Ａ：その場合でも、出荷価額が、そのソフトの具体的な価値を反映していない特別の事情があり、その事情が当該当事者間には妥当しないことが主張・立証されれば、それはそれで斟酌されるわけですね。

弁護士Ｂ：そうですね。ただ、量販店で売っているようなパッケージソフトにそのような事情があるとは思いませんが。

修習生Ｃ：でも、消費者は小売店価格で買うわけですから、小売価格こそが「そのソフトの具体的な価値」にあたるのではないのですか。

弁護士Ｂ：小売価格というのは、実際には、卸や小売店が高めた価値が反映されているわけですよ。メーカーの工場にまで行かなくとも近くのお店で買えるとか、お店に陳列されているために実際にパッケージを手にして説明を読みながら買えるというのは、それはそれで付加価値が加わっているわけです。そういう付加価値部分まで著作権者が取得できるのは、日本の不法行為法のあり方としておかしいでしょう。

修習生Ｃ：牧野和夫さんも、「権利者が直接顧客へコンピュータソフトウェアのライセンスを販売する場合には、著作権法１１４条第２項・・・の解釈により、権利者は『技術使用料相当額』つまり『ロイヤリティ（技術使用の対価）』、すなわちライセンスの『小売価格』の賠償を受けるべきものと法的に擬制されることになる」¹¹としつつ、さらに「権利者が直接顧客へライセンスを販売した事実を立証できない場合でも、依然として、権利者が直接顧客（つまり侵害者）へライセンスを販売する可能性が存在するのであるから、侵害者に対して『小売価格』の１００％損害賠償を求めることができる」という論拠も成り立ちうる」¹²と言っています。

弁護士Ｂ：しかし、まずパッケージソフトの場合、メーカー希望小売価格で、直接メーカーからライセンス提供を受ける人のよいユーザーなんてそもそもいるとは私には思えないのですが、仮にごく希にいるとしても、そのようなものを「著作権・・・の行使により受けるべき金銭の額」算定の基礎に取り込むのはおかしいのではないでしょうかね。著作権法１１４条というのは、あくまで、著作権等の「侵害に対する損害額の立証が容易でないことに鑑み、権利者保護の見地から」¹³設けられた規定なのですから、いくらみなし規定とはいえ、客観的に存在しているはずの損害額と一致する蓋然性のない金額を算定してしまうような解釈を行うのは間違っていると思います。

修習生Ｃ：でも、それだと、侵害者は「やりどく」になりませんか？

弁護士Ｂ：日本の不法行為法は、「加害者に対する制裁」機能を取り込んでいないわけですよ、一貫して。最高裁にしてからが、懲罰的損害賠償は公序に反すると判示しているわけです¹⁴。加害者に対する制裁は刑事罰をもって行う、損害賠償はあくまで損害の公平な分担をはかる機能に終始するというのが、我が国の国是ですから。ですから、「加害者に対する制裁」を賠償法理に取り込む場合には、立法により、損害賠償制度と刑事罰の峻別論を基礎におく「公序」自体を変えていかなければならないと思います。

修習生Ｃ：でも、知的財産権侵害の場合は、今度の法律改正で、加害者に対する制裁機能を取り込んだと見ることはできませんか？

弁護士Ｂ：最高裁は、懲罰的損害賠償制度は公序に反するとまで言っているわけですよ。それが「『通常』という文言を削除した」程度の小手先の改正で、公序自体が変更した、あるいは知的財産権紛争については、「公序」が適用されないと宣言したのだと見るのはおかしいのではないですか。

修習生Ｃ：でも、それでは日本は著作権意識が低いままになってしまうのではないですか。

弁護士Ｂ：大切なのは遵法意識であって、著作権意識ではないはずです。著作権法だけ守られれば、労働基準法とか独占禁止法とかが守られなくともよいとでもいうのですか。著作権などの知的財産権が侵害されたところで人の生き死にに関係ないのだから、そんなに知的財産権ばかり特に遵守させようというのはおかしくないですかね。アメリカは確かに知的財産権の侵害者に対して３倍賠償とか懲罰的損害賠償を下すことがあるかもしれないけど、一方で労働法違反などに対しても巨額の賠償を負わせているわけですからね。

弁護士Ａ：まあまあ、そのくらいにしてあげましょうよ。そうすると、この事件では、出荷価額相当金を損害額とすればよかったというお考えですか。

弁護士Ｂ：正確に言うと、そうではないのです。

弁護士Ａ：といいますと？

弁護士Ｂ：普通、ソフトウェアのパッケージって、いろいろなものが抱き合わせになっていますよね。例えば、マニュアルとか、テンプレート集とか、ソフトによってはサンプル画像集とか、フォントとか、ユーティリティソフトとか。

弁護士Ａ：そうですね。

弁護士Ｂ：もし、そういう抱き合わせ商品までは複製していないのであれば、その分は、損害賠償の範囲から除外すべきでしょう。

弁護士Ａ：まあ、確かに、部分侵害の場合は、「全体に対する当該部分の寄与割合によって使用料相当額を按分算定する」¹⁵わけですからね。例えば、古文単語語呂合せ事件地裁判決¹⁶なんかがそうですね。

修習生Ｃ：でも、ＬＥＣ事件で東京地裁はそのような判断をしていませんが。

弁護士Ｂ：それは仕方がないですよ。被告側がそういう争い方をしていないのですから。

弁護士Ａ：ところで、この事件においては、被告の西校舎の全２１９台のコンピュータのうち、８３台を除外した合計１３６台について証拠保全に基づく検証がなされていたわけですが、「西校校舎内における各コンピュータの使用態様は、本件検証の対象とされた１３６台と対象とされなかった８３台との間で相違がないものと解するのが合理的であるから、西校校舎に存在した２１９台の全コンピュータに係る侵害行為によって得た被告の利益額は、上記１３６台分の利益額に１３６分の２１９を乗じた額と推認するのが相当である」として、検証がなされていなかった８３台のコンピュータに係る侵害行為によって得た被告の利益額まで認定してしまいましたね。

弁護士Ｂ：まあ、「他の事業所における無断複製の事実及びその規模を、西校校舎における無断複製状況を基礎として推認すること」は相当でないとした点は評価しますけどね。でも、検証が行われたコンピュータが設置された部門と、検証が行われなかったコンピュータが設置された部門の業務の違い、及び、問題のソフトの種類などを斟酌しないと、「使用態様は、本件検証の対象とされた１３６台と対象とされなかった８３台との間で相違がないものと解する」ことはできないと思うのですけどね。パンフレットや教材の作成部門と、経理部門とでは使用しているソフトは全く違うはずなのですから。

修習生Ｃ：ところで、被告側は、「本件検証手続後、・・・正規に使用許諾を受けていない複製品及び正規使用許諾を受けているか否か不明なもの（正規使用許諾を受けたと思われるが、当時、明確な証拠が発見されなかったもの）も含めて、それらの社内使用を禁止すると共に、設置コンピュータの内部記憶装置のすべてから、該当プログラムを完全に抹消し、適法な使用許諾を受けたプログラムに置き換えた。これは、当時行われていた交渉の席上、原告らと被告が、被告による本件プログラムの継続使用の方法として、購入時点での本件プログラム現行バージョンを取得し、使用中の本件プログラム消去を行うことで合意したことによるのであるから、被告において賠償すべき損害は存在しない。」と主張しているのですが、この点についてはどう思われますか。

弁護士Ａ：裁判所は、「被告は、原告らから違法複製品の使用の中止を求められた後、新たに本件プログラムの使用を希望して、自ら選択して、本件プログラムの正規複製品を購入したこと、上記正規品は、違法複製品と同一又は同種（違法複製品とは版の異なるものも存在する。）のものであることが窺える。しかし、被告の上記行為は、不法行為と別個独立して評価されるべき利用者としての自由意思に基づく行動にすぎないのであって、これによって、既に確定的に発生した原告らの被告に対する損害賠償請求権が消滅すると解することは到底できない（もとより、弁済行為と評価することもできない。）。顧客は、価格相当額（許諾料相当額）を支払うことにより当該正規品（シリアル番号が付された特定のプログラムの複製品）を将来にわたり使用することができる地位を獲得するが、その行為（当該正規品についての所定の条件の下での使用許諾申込みを承諾する行為）により発生した法律関係が、顧客と著作権者らとの間において既に成立した権利義務関係（損害賠償請求権の存否又は多寡）に影響を及ぼすものではないことはいうまでもない。」として、この主張を排斥していますね。

弁護士Ｂ：東京地裁のような「小売価格＝損害額」という捉え方をするにせよ、「パッケージの出荷価額のうち違法に複製されたソフトの寄与分＝損害額」という捉え方をするにせよ、「原告らの受けた損害額は、被告が本件プログラムを違法に複製した時点において、既に確定している」とみることはできると思います。「あとで、正規品を購入したではないか」という抗弁というのは、一旦確定的に発生した損害が、事後的に消滅したではないかという趣旨のものにすぎないというべきでしょう。

修習生Ｃ：そういう理屈って成り立つのですか？

弁護士Ｂ：不法行為法の一般論としては成り立たないわけではないですよ。例えば借家の場合を考えてみましょう。借家人が目を離している隙に、その子供が借家の障子を破ってしまった、一応障子が破られた時点で、損害賠償請求権は発生し、損害額は理論的には確定しているわけです。でも、その後借家人は障子を貼り替えた。そのときに、障子を貼り替えるというのは「不法行為と別個独立して評価されるべき利用者としての自由意思に基づく行動にすぎないのであって、これによって、既に確定的に発生した原告らの被告に対する損害賠償請求権が消滅すると解することは到底できない」というのは如何にもおかしいでしょう。

弁護士Ａ：確かにそうですね。

弁護士Ｂ：実際、下級審だけど、大阪高判昭和３８年７月１７日判時３４９号２９頁は、「およそ、物の滅失、毀損による損害賠償は、それが不法行為によると債務不履行によるとを問わず、その原状回復（以前と同じ価値状態を復元すること）を本旨とするものであって、民法上特別の規定のある場合をのぞき金銭賠償の原則が採られていても、それは債権者（賠償権利者）が債務者（賠償義務者）に対し、原状回復を請求しえないというにとどまり、物の毀損の原状回復自体が可能であり、かつ、債権者の意思に反しないかぎり、右原状回復によって現実に滅失価値が填補された場合は、原則として、その限度において損害が填補されることはいうまでもない」とした上で、「右原状回復が債権者の意思に反する場合は、・・・通常何人の手により如何なる方法によって改修が施されても、その価値再現・回復が定型的に可能であり、したがって、賠償請求権者たる建物所有者としても、建物維持保存のため、右改修の結果自体を忍受すべきが当然と認められる場合は格別、右改修が前記限度を超え、建物全体の構造、態様などに影響を及ぼし、ひいては建物所有者の処分利用権能の行使自体にまで制約が加えるがごとき場合にいたっては、原状回復たる改修といえども建物所有者の意思を無視することは許されず、その意思に反した改修をもっては、原状回復による損害填補を認めむべきでない」と判示しています。

弁護士Ａ：この判例理論を本件に適用するとどうなるのですか？

弁護士Ｂ：「違法行為」により消失したソフトハウスの利益が、ユーザーにおいて正規に購入したパッケージをインストールし直すことにより、定型的に回復可能かという点が問題となるのだと思います。上記裁判例も、改修により建物全体の構造・態様などに影響を及ぼすような場合は、被害者（所有者）の意思に反したものであり、原状回復による損害填補は認められないとしたにすぎないのです。

弁護士Ａ：ふむふむ。

弁護士Ｂ：すると、パッケージソフトの複数台コピーの場合、当該ソフトウェアがインストールされたパソコンの台数分だけ、パッケージソフトが正規に購入されているわけで、これにより、違法コピーにより失ったソフトハウスの利益が定型的に回復されていると見ることも可能だと思うのですよ。

弁護士Ａ：著作権侵害の場合、権利者が被る損害というのは金銭損害にすぎないから、原状回復は比較的容易でしょうね。

弁護士Ｂ：それに、著作権侵害に基づく損害賠償金を全額支払った場合には、民法４２２条を類推適用して、継続してそのソフトを使用する権利を取得すると考えることも可能でしょう。日本の不法行為法は、被害者の「やられ得」を認めていないのですから。だとすれば、結局同じことではないですか。

弁護士Ａ：まあ、そこで民法４２２条を類推適用することの可否は議論の余地があるでしょうけどね。

弁護士Ｂ：ところで、パッケージソフトを複数台にインストールすることって、そもそも「違法」コピーなのでしょうかね。

修習生Ｃ：突然、何を言い出すのですか。現行著作権法の起草担当者の一人である加戸先生だって、「プログラムを会社が一つ購入して、その有している多数のコンピューターのために多数のコピーを作るようなことは、『必要と認められる限度』とは解されないことはもちろんです。」¹⁷と仰っています。

弁護士Ｂ：でも、プログラムをコンピュータで使用するための手順の一つとしてなされるコピー（インストール作業）については、「自ら当該著作物を電子計算機において利用するために必要と認められる限度において」なされる複製・翻案として、プログラムの著作物の複製物の所有者が行う限りにおいては、著作権法４７条の２第１項により許されるわけですよね。

修習生Ｃ：そうですね。

弁護士Ｂ：で、４７条の２の文言の何処を見たら、「一台の」コンピュータにおいて利用するのに必要と認められる限度の複製にしか適用されないと書いてあるのですか？

修習生Ｃ：確かに、４７条の２の文言からは直ちに「１台」に限定することはできないかもしれませんが・・・。でも、常識的に言えば、「１台」に限定されていることは明らかではないですか。

弁護士Ｂ：Ｃ君、どこでそういう解釈技法を学んだのですか。その法律の適用範囲を、文理解釈から導き出される範囲よりも狭めようと言う場合には、論理的な説明が必要ではないですか。

修習生Ｃ：うう～ん。立法趣旨からということではだめですか。

弁護士Ｂ：しかし、４７条の２が制定される元となった著作権制度審議会では、「１台の」コンピュータにおいて利用するのに必要と認められる限度の複製・翻案しか認められないという見解は示されていないのですよ。

弁護士Ａ：田村教授は、「自ら使用する場合といえども、同一事務所内等で同時に複数のコンピュータで使用するために、複製物を作成することはできず、別途、複製物を購入する必要があるというべきであろう・・・。そのような使用のための複製を認めると、複数個分の複製物の利用がなされる結果、一個の複製のところから得た対価では不足が生ずることになり、著作権者に不測の不利益を与えることになるからである。」¹⁸と仰っていますね。

弁護士Ｂ：ただ、４７条の２第１項は、「自ら当該著作物を電子計算機において利用するために必要と認められる限度において」というふうに、専ら利用者側の必要性に着目して限界づけているのであって、著作権者側の利益状況を要件論に取り込むのは、条文解釈として苦しくないでしょうか。

修習生Ｃ：そうはいっても、パッケージを１個購入すれば会社中のコンピュータ全部にインストールできるというのはおかしくないですか？

弁護士Ａ：まあ、複製物の所有者が法人などの団体の場合、「自ら当該著作物を電子計算機において利用するために」という文言を、「その従業員等である特定の個人をして電子計算機において利用せしめるために」という趣旨に読み替えるというのは、可能であるようには思います。実際に、プログラムをコンピュータにおいて使用するのは、法人ではなく、法人の手足たる自然人なのですから。

弁護士Ｂ：解釈論として不可能とまでは言いませんが、多くの企業では、従業員１人にパソコン１台を確保し切れていないので、そこまで言い切ってしまっては実情にあわなくなるのではないですか。

修習生Ｃ：Ｂ先生、そんなこと言っていると、また、日本はコピー天国とか外国から非難されてしまいますよ。

弁護士Ａ：ＢＳＡは、２０００年度の日本国内の違法コピー率は３７％と発表していますね¹⁹。

弁護士Ｂ：でもね、ＢＳＡは、どのようなコピーを違法コピーとしているのか、その違法コピーによる損害額をいかなる方法で集計しているのかわからないのですよ。でも、集計方法を明記するのって、調査発表の基本ではないのですかね。

弁護士Ａ：それはそうですね。

弁護士Ｂ：原告の主張によると、この事件の被告は、ソフトハウスが「ユーザーが正規のプログラムを購入した後、無許諾で複製することを防止するため、ＬＡＮ（ローカル・エリア・ネットワーク）でつながれた他のコンピュータ上に自己と同一のシリアル番号を発見すると、その起動を中止するシステムを、本件プログラムに組み込んでいた」のに、「本件プログラムを無断複製して使用しても、上記シリアル番号検索機能が効果を奏しないようにするため、「Ｉｎｃｏｇｎｉｔｏ」と呼ばれる特別のソフトウェアを用い、ＬＡＮでつながれた複数のコンピュータにおいて、同時に同一のシリアル番号を有するソフトウェアを使用できるようにしていた。」とのことですし、パッケージの購入本数も少ないようですから、ある意味で悪質かもしれません。でも、デザイナーがなるべく処理速度の速い機械を求めて転々とグラフィック処理ソフトをインストールしていたにすぎないような場合も「違法コピー」と糾弾されがちですから。著作権法４７条の２第１項を過度に狭く解釈してしまうと、実際には不都合が生じてしまいます。

修習生Ｃ：う～ん。決してＢ先生の仰ることに納得したわけではないのですが。２回試験に通って私も弁護士になったら、また議論させてください。そのときまでにみっちり勉強します。

弁護士Ｂ：まあ、お手柔らかに頼みますよ。そのころまでには、高裁判決が下りているかもしれませんね。

¹ http://www.accsjp.or.jp/

² http://www.bsa.or.jp/

³ http://www.lec.co.jp/profile/pr/index.html

⁴ 東京地判昭和５３年６月２１日判タ３６６号３４３頁

⁵ 東京地判平成８年９月２７日判時１６４５号１３４頁

⁶ http://www.cric.or.jp/houkoku/h11_12b/h11_12b_main.html

⁷ http://www.sta.go.jp/b_menu/shingi/12/chosaku/gijiroku/003/991001.htm

⁸前掲・著作権審議会第１小委員会専門部会（執行・罰則等関係）報告書

⁹ 加戸守行「著作権法逐条講義（第三版）」（著作権情報センター・平１２）６３１頁

¹⁰ 籾井圭子「著作権法及び万国著作権条約の実施に伴う著作権法の特例に関する法律の一部改正について」コピライト２０００年７月号２３頁

¹¹ 牧野和夫「日本の著作権法における損害賠償制度の妥当性について──コンピュータ・ソフトウェアの著作権侵害に焦点を当ててアメリカの制度との比較を中心に──」国士舘法學３１号１３６頁

¹² 牧野和夫・前掲１３７頁

¹³ 加戸守行・前掲６２５頁

¹⁴ 最判平成９年７月１１日民集５１巻６号２５７３頁

¹⁵ 青柳　子「著作権侵害及び著作者人格権侵害の場合の損害賠償請求」（西田美昭＝熊倉　男＝青柳　子編『民事弁護と裁判実務⑧　知的財産権』（ぎょうせい・平１０）所収）６９５頁

¹⁶ 東京地判平成１１年１月２９日判タ９９４号２４９頁

¹⁷ 加戸守行・前掲２９２頁

¹⁸ 田村善之「著作権法概説」（有斐閣・平１０）１８８頁

¹⁹ http://www.bsa.or.jp/news/2001/010525.htm